小児総合診療医のひとりごと

小児科, 総合診療科(家庭医療), アレルギー についてのブログ

眼窩吹き抜け骨折の病態、治療、予後

眼窩吹き抜け骨折の診断,治療および術後管理

 

病態

眼窩吹き抜け骨折は、眼窩壁の中で一番薄い「紙様板」と呼ばれる篩骨眼窩板が存在する内壁よりも、二番目に薄い下壁の方に好発する。その中で、特に眼窩下溝周辺(特に内側)の発生頻度が高く、症候性のことが多い。

一方、内壁の場合は紙様板の中央を中心とした部位での発生頻度が高く無症候のことが多い。病態としては、骨折部から外眼筋・眼窩内脂肪などの眼窩軟部組織が副鼻腔(下壁骨折では上顎洞/内壁骨折では篩骨洞)内へ脱出・嵌頓・さらには瘢痕性癒着をおこすことにより、眼球運動障害・複視・眼球陥凹などを呈する。内壁骨折の場合、眼窩軟部組織の篩骨洞内への脱出はおこすが、嵌頓・絞扼はまれであり、一般的に予後は良好である。

 

臨床症状

  • 眼球運動障害/複視

眼球運動障害は主として上下方向にみられ特に上転障害が多い。障害方向複視が出現する。眼窩内組織が高度に嵌頓時は全方向で障害されている。また、組織の脱出・嵌頓がなくても眼窩内の血腫・浮腫によって症状が出ることもある。内壁骨折においては水平方向が障害され外斜内転不能外転障害などがみられるが眼球運動障害がみられないことも多い。

 

  • 眼球運動時の疼痛

眼球運動時の疼痛は、眼窩内組織が骨折部へ嵌頓していることによりおこる牽引痛である。受傷後早期の眼瞼腫脹や眼窩内の出血や浮腫などのため眼球運動障害の確認が困難な場合においても、骨折・嵌頓組織の存在を疑うことができる。

  • 眼球陥凹

眼窩内組織が上顎洞や篩骨洞へ脱出することによってみられ、その程度は骨転位の程度と組織の脱出量に依存する。受傷後早期は眼瞼の腫脹・眼窩内の出血や浮腫などによって目立たない。出血や腫れの消退とともに、眼球陥凹は顕性化してくる。

  • 鼻出血,眼窩気腫

副鼻腔粘膜の損傷により高率に鼻出血がみられ,鼻をかむことによって、急激に眼瞼気腫や眼球突出を伴う眼窩気腫を生じることがあるが、気腫は一般的に1 週間前後で消退することが多い。内壁骨折のときに多くみられ、篩骨洞経由で眼窩気腫が惹起され、内直筋の嵌頓がなくても眼球運動障害が出現する。

  • 眼球後退現象

外眼筋や周囲の眼窩内組織が骨折部へ嵌頓すると、外眼筋の伸展方向が障害されるため伸展方向へ眼球を動かすと、眼球が後退する現象がみられることがある。

嘔気,嘔吐

迷走神経反射によるもので、頭痛・除脈を伴って高率にみられる。特に若年者ほど顕著であり、頭部損傷が疑われることもある。また、小児においては脱水症状の発生にも注意が必要である。

  • 患側頬部皮膚知覚異常

下眼窩裂・眼窩下溝に骨折が及ぶと、眼窩下神経が障害され、下眼瞼,鼻翼,頬部,上口唇,前歯唇側歯肉の知覚異常を生じる。術後数ヵ月で軽快することが多いが、1 年以上にわたって残存することもある。

 

CT 画像による骨折形状分類

骨折片の転位がみられないものを『線状型』、転位がみられるが骨折片が遊離していないものを『トラップドア型』、骨折片が遊離して下壁に骨の欠損部がみられるものを『骨欠損型』に分類する。

『線状型』と『トラップドア型』は主として小児や若年者に多くみられる。本分類は、術前における手術の難易度の予測や施行術式の検討ができ有用である。

小児においては、画像所見がごく軽度であっても著しく眼球運動が障害されている場合がある。小児は骨の弾力性に富み厚い骨膜で包まれているため粉砕骨折が生じにくい。骨折部の転位が軽微で眼窩内組織が骨折部に強く嵌入しているため注意が必要である。

 

治療法の選択

眼球運動障害・複視がみられ、画像検査にて骨折と眼窩軟部組織の副鼻腔内への脱出・嵌頓が確認された時点において、外科的治療を選択する。外科的治療の予後については、受傷後時間的経過とともに骨折部の瘢痕性変化が進行し手術の難易度が増すこと/眼窩内組織の絞扼による循環障害から不可逆性変化が生じ機能回復に支障をきたすことなどの理由から、手術適応と判断した場合は早期に行った方が予後良好である。

 

手術における留意点

骨折の整復より、むしろ機能的・整容的改善(眼球運動障害,複視および眼球陥凹の改善)を目標とする。

 

術後管理

上顎洞内バルーン挿入術の施行例は、バルーンを通常術後2 週間留置する。術後の外眼筋の機能回復と眼窩内組織の骨折部における癒着防止のために、振り子を用いて上・下、左・右を追視させる。振り子追視運動による眼球運動のリハビリテーションを術後2 日目から、特に複視が強くみられる方向を中心として行う。また,眼窩気腫の予防のため、術後3 ヵ月間は鼻を強くかまないように注意する。術後感染症として上顎洞炎の報告がある。

 

術後評価

術後12か月後の眼球可動率が90%以上であれば、複視は消退~ほぼ消退で日常生活にまったく支障をきたさなくなる。

 

視力予後不良例は 268 例中 2 例(0.7%)のみで、眼窩底骨折は眼外傷としては比較的視力予後の良い疾患であると考えられる。しかし、網膜振盪症や前房出血などの眼内損傷を度々認め、時に脈絡膜破裂や網膜剝離など重篤な合併症も認める。

以上より、眼窩底骨折の予後は眼外傷としては比較的良いが、眼内損傷の有無を確認するために、眼底検査を含めた眼科診察が必要である。

眼内損傷を認めた小児における眼内損傷の発生頻度は 40 例中 6 例(15.4%)・成人では209 例中35例(16.7%)と差はない。

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成人は骨の可塑性が弱いため骨欠損型、子供は骨の可塑性が強いためトラップドア型の骨折を生じやすい。骨可塑性が弱いほど外力が上顎洞へ逃げやすく、眼球の損傷が少ないと考えられる。機序として、打撲の際に眼窩底骨折は眼球の防御作用として働くため、眼球自体に重篤な合併症を引き起こすことは極めて稀。

 自覚症状からの術後成績

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眼窩吹き抜け骨折における術後眼球運動についての検討

術後眼球運動の予後不良因子:術後残存遊離骨片の存在が眼球運動の回復に障害となる。